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1991年三田会卒業25周年記念事業キックオフ同窓会は無事終了いたしました。
2015年5月16日(土)三田キャンパスにて1991年三田会卒業25周年記念事業キックオフ同窓会が開催されました。
450人超の同窓が集い、第一部総会から第二部懇親会、そしてその後は各部会に別れ三田の街に消えていった模様です。
その時の様子はこちら(動画)からご覧ください。
写真についてはプライバシーを考慮してFB上の秘密のグループにてアップをしております
(ですので参加されていない方は参加されている方から招待してもらってください)。
そして毎年9月1日は私たち1991三田会の下2桁をとって「91の日」と名付ける事になりました。
この日は私たちは何かしら寄り添うようにいたしましょう!
また当日ご参加できなかった方々のため、以下、概要をまとめました。
1 概要
慶應義塾1991年三田会は、来年3月、卒業25年の節目を迎えるにあたり、今後1年間を通じ、各種記念事業をおこなっていく。その第一弾として、卒業25年記念事業のスタートとなる『キックオフ同窓会』が、2015年5月16日(土)に慶應義塾大学三田キャンパスにて開催された。当日は、439名が参加。清家篤塾長をお迎えし、記念事業概要の説明から懇親会まで大盛況のうちに終了した。
2 詳細について
1)第一部
第一部の要は塾長講話であった。冒頭に1991年三田会代表の神戸雄一郎君から「卒業25年記念事業」の概要説明があり、次に清家篤塾長のお話に移行(講話要旨については、以下を参照されたい)。
四半世紀の時の隔たりについて、私たちに目線を合わせ、親しみを込めて塾長講話を開始された清家篤塾長。今回のお話のキーワードは、次の3つに集約される。
▪️清家塾長説話(要約)
◆奴雁
清家塾長は、福澤先生の「学者は国の奴雁なり」という言葉に触れた。
「群雁野に在て餌を啄むとき、其内に必ず一羽は首を揚げて四方の様子を窺い、不意の難に番をする者あり、之を奴雁と云う。学者も亦斯の如し。天下の人、夢中になりて、時勢と共に変遷する其中に、独り前後を顧み、今世の有様に注意して、以て後日の得失を論ずるものなり」
つまり、雁の群れが一心に餌をついばんでいるときに、一羽首を高く揚げて難に備えるものを「奴雁」(どがん)と呼び、学者もまた、社会の人々が時勢に流され、目先の利益に囚われているようなときに、ひとり遠くを見据え、現状を冷静に分析し、将来のために最適なことは何かを考える者でなければならないという。
二十一世紀に人類が直面する諸問題は、様々な事柄が複雑にからみあっていて、専門家と称する人たちが、一つの側面から解を導こうとしても不可能な時代を迎えている。自分の専門知識だけに閉じこもっていては、解けない問題が世の中には溢れている。過去の延長線上にない非連続な時代においては、問題は必ずしも与えられない。営業マンであれ、技術者であれ、企画マンであれ、医師であれ、芸術家であれ、学者であれ、主婦であれ、玉石混交の膨大な情報の中から「問題」を自ら見つけ出し、解を導くことで、いや仮に解けなかったとしても懸命に思考してみることで、今まで見えなかった世界が見えてくる。一見すると「問題」に見えるものの多くは「現象」に過ぎない。情報革命によって、世界は情報であふれている。その海の中で、数多ある「現象」の山の陰で、こちらに向って不敵な微笑を浮かべている「問題」に辿りつけるか否か、そうした思索プロセスを重ねて、社会に貢献できるリーダーが「奴雁」だ。つまり、奴雁は学者に限ったことではなく、「慶應義塾に学んだ諸君は」と読みかえるべきではなかろうか。塾員である我々も、「社会の奴雁」たりえるのである。ちなみに、欧州に古くから伝わる俚諺に「目の見えない人たちの国では片目の男が王様だ」(In the land of the blind, the one-eyed man is king.)があるが、奴雁はまさに片目を開けた王様ともいえるだろう。
◆人間交際(じんかんこうさい)
社会とは、独立した人と人が交際を通じて作り上げていくもので、それには徳の涵養が不可欠である。依存は退廃と背中合わせ。同質の人たちの間で、以心伝心のもたれ合いに依存する関係ではなく、独立自尊の個人が対等な関係を結び、お互いに高め合う中から、真の信頼関係を築いていくことが肝要の花といえよう。
この点、福澤先生は、「一身独立し、一国独立す」と喝破している。言うまでもなく、独立には「経済的独立」に加え「精神的独立」が不可欠である。けれども、自分だけが独立すればいいというわけではない。当然、人は社会の中で生きていきる。だから、「一身独立」の意味するところは、“我執を戒めよ。人は人と人とのつながりの中でしか生きていけない”という仏教の教え、すなわち「空」(くう)の思想に近いともいえよう。
福澤先生はこの点について、人々が交際しなければ社会は存在せず、社会が存在しないならば動物は存在しても人間(にんげん)は存在しない、当時和訳の存在しなかったsocietyを「人間交際」(じんかいこうさい)と訳し、社会とは、人間(じんかん)に行われるさまざまな交際によって形成されていく点を示された。この意味で、三田会の存在は、独立した個人による、まさしく理想的な「人間交際」の場と言えるだろう。これからの慶應義塾の在り方も「半学半教」の伝統とともに、塾生、教職員、そして我々塾員の手助けも適宜得ながら、そうありたい、と塾長は仰った。
◆慶應の在り方
最後に、慶應義塾の教育の最終的な評価は、慶應義塾に学ばれた塾員がその人生を終えられる時に、慶應義塾に学んで本当に良かったと思ってくれるかどうかにかかっている、と塾長は力強く説かれた。
「その意味で、毎年の卒業式に卒業25年目の塾員の方々が、そして入学式には卒業50年目の塾員の方々が、たくさんおいでいただけるのは誠にありがたいことであります。卒業25年目の働き盛りの忙しい方々が、そして古希を過ぎた卒業50年目の方々が、全国各地から後輩の門出を祝うために日吉の丘にご足労いただくのは、皆さん慶應に学んでよかったと思ってくださっていることの証左であり、これまでの慶應の在り方が間違っていなかったことを示していると思います。そうした姿を見るにつけ、今日慶應義塾に学んでいる塾生が、25年後、50年後に後輩を祝うために母校まで足を運んでくれるよう、塾生の長い人生に資するような、よき学塾にしていかなければならないと、思いを新たにしています」と結ばれた塾長のお顔は実に晴れ晴れとしたものだった。
塾長講話の要諦は、これからの不確実な時代において不可欠なのは、「奴雁の視点」で現状を俯瞰し、将来を将来し、「実学の精神」で現状を冷静に分析し、将来のために何が最適かを「公智の精神」で選択していくことと言えるのではなかろうか。我々一人一人が、これからの人生のなかで、自問自答していく必要がありそうだ。
次いで、慶應義塾理事の方々のご紹介があり、最後に実行委員会の各部会長が壇上で顔見せの短いご挨拶をして、第一部は終了しました。
実行委員長の神戸雄一郎君の挨拶は以下の通りです。
▪️神戸雄一郎君挨拶(全文)
皆さん、こんにちは。
只今ご紹介いただきました、卒業25年記念事業実行委員長の神戸雄一郎でございます。
本日は大勢の同期の方にお集まりいただきとても嬉しく思っています。有り難うございます。
またお忙しい中、慶應義塾からは清家塾長、岩波常任理事、基金室の皆様、塾員センターの皆様、また1992年三田会、1993年三田会の皆様にここにお越しいただいております。土曜日にもかかわらず私達のキックオフ総会の為にわざわざいらしていただき本当に有り難うございます。心より御礼申し上げます。
私達91年卒は清家塾長がはじめてゼミを持たれた年次です。そういった意味で塾長先生ともご縁を感じます。清家ゼミ一期生の方いらっしゃいますでしょうか?
さて、この4月に皆さんのお手許に趣意書というものが届いておりますけれども、それをご覧になって卒業25年記念事業というものがあるということを初めて知ったという方も多いと思います。慶應義塾には昭和28年から続く伝統行事で、塾長主催の塾員招待会というものがあります。卒業25年と50年にそれぞれ卒業式、入学式にご招待いただくというものです。私達1991年三田会も早いもので来年が卒業25年となり、2016年3月に卒業式、塾員招待会にご招待いただき、塾生の皆さんの華やかな門出に立ち会うという素晴らしい機会をいただくこととなります。そこでこの機会に同期が再び交流を深めることが出来るようなイベント、記念事業をやっていこうということになっております。
先程、映像を見ていただきましたが、皆さんもそれぞれご自身のこの25年を振り返られたのではないでしょうか。石川塾長がおっしゃったように世界的にもまさに容易でない時代でした。私達自身も様々な経験をして、時には悩みを抱えた時があったと思いますが、そんな時に同期の仲間や慶応義塾のつながりに支えられたという人も多かったのではないでしょうか。私達も人生の折り返し地点となり、慶応義塾への恩返しや、後輩たちにこのつながりを伝えていく立場になったのではないかと考え、記念事業の一つとして家計の急変により学業の継続が困難になった学生のために奨学金の設立を致します。
私達の1991年三田会は卒業時点で結成され、長い間少人数で活動を支えてきました。私は5年前に交代して代表になり、今回の記念事業では現時点で266名の方に実行委員として参加していただいていますが、気持ちとしては同期全員が何らかのかたちでこの同期会に参加していただけるよう考えていきたいと思っています。同窓会の活動は、人それぞれ様々な状況の中で参加するものであり、かかわり方の度合いも違ってくると思いますが、その全ての気持ちを大切にし、みんなで力を合わせて活動していきたいと思っております。
映像の中で私達が出会ったことは奇跡だとありました。この奇跡の絆を繋ぎ合せれば、私達も何か出来るのではないでしょうか?この記念事業にあたり「みんなでみらいへ」というスローガンを私達は選びました。より多くの仲間で力を合わせて頑張っていきたいと思いますのでご協力いただけますようお願い致します。
本日は誠に有り難うございました。
2)第二部
第二部懇親会は、三田キャンパス内の生協食堂にて開催。立食パーティー形式で、各学部毎のテーブルで旧交を深めました。應援指導部による若き血合唱などもあり大盛況のなか、閉会となりました。